半導体メモリ 資本配分分析
キオクシアの7〜9月期(FY2026 Q2)は、売上収益2兆4,800億円、Non-GAAP営業利益率80%という、NANDメモリ専業としては前例のない数字になった。四半期売上は1年余りで約7倍に膨らんだ。一方で、同じ期間の有形固定資産はほぼ横ばいで、2Qにようやく数%動いたにすぎない。
本稿は、この落差を設備投資の側から定量的に評価し、その理由を推測し、今後を予測する。結論を先に述べる。
第一に、設備投資の強度は歴史的な低水準にある。2Qの設備投資は846億円で売上の3.4%、上期の営業キャッシュフローに対するネット設備投資は5%に満たない。設備投資が減価償却を上回ったのは2Qが初めてで、上期累計では依然として下回っている。
第二に、この抑制は偶然ではなく設計である。会社は「設備投資を急ぐ必要がある」と認めながら、中期計画の3年予算の総額を動かしていない。増えたのは翌年度分の前倒しで、その規模は約200億円にとどまる。ビット成長は新しい床面積ではなく、既存棟の空き床と第8世代への世代移行で稼いでいる。
第三に、8月に発表された「2032年までに約5兆円」と北上工場第3製造棟(K3)は、この枠を壊すものではない。5兆円はサンディスクとの両社合計で、キオクシアの既存の投資枠を2032年まで延ばした値とおおむね同じ桁に収まる。K3は、建屋という安く硬い部分だけを先に買い、装置という高く柔らかい部分の投入は需要と長期契約が固まるまで留保する、実物オプションとして読むのが自然である。
今後の焦点は、下期の設備投資が計画どおり四半期あたり約1,650億円のペースに乗るか、そして2029〜2030年の長期契約と政府支援が揃ったときに、3年枠そのものが上方へ書き換えられるかの二点である。
まず、決算資料に記載された事実を整理する。売上・利益はいずれも7月のガイダンスを上回り、4四半期連続で過去最高を更新した。増収の主因は販売単価で、出荷量(記憶容量ベース)も前四半期比で10%台前半増えた。
| 項目 | FY2026 Q1 | FY2026 Q2 | Q3ガイダンス |
|---|---|---|---|
| 売上収益 | 17,671 | 24,800 | 25,000 |
| Non-GAAP営業利益 | 13,262 | 19,883 | 20,000 |
| 営業利益率 | 75.0% | 80.2% | 80% |
| 営業キャッシュフロー | 8,663 | 15,132 | ― |
| 設備投資(Gross CAPEX) | 524 | 846 | ― |
| うち政府補助金収入 | 120 | 93 | ― |
| 減価償却費(IFRS) | 761 | 775 | ― |
| 研究開発費 | 394 | 577 | ― |
| コアFCF | 8,272 | 14,380 | ― |
| ネットキャッシュ | 1,867 | 8,127 | ― |
| 想定為替(円/ドル) | 160 | 161 | 157 |
販売単価と出荷量の推移は次のとおりである。単価の上昇率は四半期ごとに縮小しているが、会社は2027暦年を通じて供給不足が続き、単価は「基本的には上昇傾向」と見ている。
| 期間 | 販売単価(ドル建て、前四半期比) | 出荷量(前四半期比) |
|---|---|---|
| FY2026 Q1(4〜6月) | 約70%上昇 | 1桁台前半の増加 |
| FY2026 Q2(7〜9月) | 製品構成込みで20%台半ば、同一製品で30%台前半の上昇 | 10%台前半の増加 |
| FY2026 Q3(見通し) | 製品構成込みで緩やかな上昇 | 2Qから大きく変わらない |
| FY2026 Q4(見通し) | ― | 大きく増加 |
需給の見通しについて、会社は2026暦年の市場ビット成長率を10%台後半、2027暦年を20%台前半とし、自社のビット成長は「市場並み」と想定している。2027暦年の生産能力はほぼ割り当て済み、2028暦年も複数年の長期契約(LTA)で出荷量の50%を大きく超える分を確約済みである。棚卸資産の保有日数は94日で、会社自身が「適正水準を下回る」と記している。
設備投資を売上収益で割った投資強度を、まず年度の長期推移で確認する。分社化からAIブーム前まで、キオクシアの投資強度はおおむね売上の26〜40%で推移してきた。絶対額の過去ピークはFY2022(2023年3月期)の約5,064億円である。
20%の上限は、従来26〜40%を投じてきた投資強度を引き下げる宣言だった。ところが実勢はFY2024・FY2025に12〜13%まで下がり、上限そのものが拘束していない。FY2026は計画どおりに投じても約5%で、上限の4分の1程度にとどまる。
| 年度(3月期) | 設備投資 | 売上収益 | 投資強度 |
|---|---|---|---|
| FY2018 | 4,236 | 10,744 | 約39% |
| FY2019 | 3,568 | 9,872 | 約36% |
| FY2021 | 3,975 | 15,264 | 約26% |
| FY2022 | 5,064 | 12,821 | 約40% |
| FY2023 | 3,051 | 10,765 | 約28% |
| FY2024 | 2,256 | 17,064 | 約13% |
| FY2025 | 2,837 | 23,376 | 約12% |
| FY2026(計画・推計) | 4,700 | 約95,000 | 約5% |
次に、同じ指標を四半期で見る。下図の棒は設備投資額、折れ線は投資強度である。FY2025の前半まで投資強度は15〜20%の帯にあったが、売上の急拡大とともに落ち込み、FY2026の1Q・2Qは3%台まで下がった。
ここで注意すべきは分母の性質である。いまの売上は、単価が数四半期で数倍になった結果であり、ピークの売上と見るのが妥当である。ピークの売上を分母にした投資強度は、見かけ上低く出る。したがって投資強度の数字だけで「投資不足」と断じることはできない。
ただし、その留保を置いても、キオクシアがこの売上に対して3%しか投じていない事実は情報を持つ。会社がこの売上水準を再現性のある巡航値と見ているなら、これほど低い比率に留める理由は薄い。投資のサイズを売上ではなく、正常化後の需要に合わせていると読むのが自然である。分母の歪みを避けるには、売上ではなく減価償却費を物差しにするのがよい。それが次節である。
設備投資が減価償却費を上回れば固定資産は純増し、能力の拡張が進んでいる。下回れば、既存設備の摩耗分すら補っていないことになる。この比率は売上の変動に左右されないため、価格スパイク局面での投資姿勢を測る物差しとして投資強度より適している。なお、キオクシアの設備投資と減価償却費は、いずれもサンディスクとの合弁(Flash JV)の50%を取り込んだ同じ基準で計上されているため、両者の比は整合的に比較できる。
読み取れる事実は次のとおりである。FY2025通期の設備投資は減価償却費の91%で、FY2026 Q1は69%まで下がった。2Qは109%で、ここで初めて減価償却を上回った。上期累計では設備投資1,370億円に対し減価償却費1,536億円で、比率は89%にとどまる。
貸借対照表もこれと整合する。有形固定資産はFY2025 Q1の10,710億円からFY2026 Q1の10,558億円まで6四半期ほぼ横ばいで、2Qに11,097億円へ増えて初めて動いた。売上と並べたのが図4である。
同じことは損益計算書の側からも確認できる。研究開発費を除いたNon-GAAP売上原価は、同じ6四半期で2,490億円から3,881億円へ約1.6倍になったにすぎない。売上の増分約2兆1,400億円に対し、原価の増分は約1,400億円で、増えた売上の9割以上がそのまま粗利になった計算である。
原価の伸びには、出荷ビットの増加や第8世代への移行に伴う費用も含まれるため、原価の動きをそのまま能力の動きと読むことはできない。それでも、原価が1.6倍、固定資産が横ばいのまま売上だけが7倍になったという組み合わせは、この好況が能力の拡大ではなく、価格の上昇として現れたことを示している。
FY2025 Q1からFY2026 Q2までの6四半期に、四半期売上は約7.2倍になった。同じ期間、設備投資は通算で減価償却をわずかに下回り、有形固定資産は3.6%しか増えていない。過去最高益の期間を通じて、キオクシアの資本ストックは事実上据え置かれてきた。計画どおりなら下期に比率は200%前後へ跳ね上がり、拡張局面へ転じる。FY2026通期では設備投資4,700億円に対し減価償却費は約3,100億円の見込みで、比率は約150%となる。
上期の営業キャッシュフローは2兆3,795億円に達した。その使途を並べると、設備投資に向かった割合の小ささがはっきりする。
ネット設備投資は営業キャッシュフローの4.8%、補助金控除前の設備投資でも5.8%にすぎない。8月に完了した自社株買い8,000億円は、上期のネット設備投資の約7倍にあたる。残りは借入金の返済と現金の積み増しに回り、ネットキャッシュは9月末で8,127億円となった。
現金の積み増しには理由がある。増益に伴う未払法人税が積み上がっており、「その他の負債」は3月末の4,429億円から9月末の1兆3,746億円へ増えた。会社は質疑で、多額の納税に備えて手元資金を厚くしたと説明し、追加の自社株買いは「見送り」ではなく下期の投資状況を見極めるための「保留」だとしている。
株主還元の方針もこの決算で明文化された。成長投資と必要支出に充てた後の余剰キャッシュを、中長期で100%株主に還元するという枠組みである。ここで重要なのは順序で、投資は中期計画の予算で先に決まり、還元はその残余という構造になっている。投資予算が固定されている限り、利益の増分は機械的に還元側へ流れる。
ここからは推測を含む。設備投資がここまで抑えられている理由として、資料と過去の経緯から五つの要因が考えられる。単独で説明できるものはなく、重なり合って作用していると見るべきである。
最も直接的な理由は、会社自身が質疑で述べている。
設備投資は中期計画に基づき3年間の投資を計画しています。今年度は設備投資を急ぐ必要があることから、3年間の予算の中で来年度分の一部を前倒しで実施しておりますが、3年間で見ると、現時点で計画を大きく変えることは考えていません。
2027年3月期 第2四半期 決算説明会 質疑応答集
6月のInvestor Dayで示されたFY2026〜2028の計画は年平均約4,700億円、3年累計約1.41兆円で、FY2026は当初4,500億円だった。今回FY2026を4,700億円に引き上げたが、3年総額が変わらないなら、FY2027〜2028の2年は合計9,400億円、年平均4,700億円となる。前倒しの規模は約200億円にすぎない。
注目すべきは「急ぐ必要がある」という認識と「枠は変えない」という判断が並んでいる点である。同じ質疑で会社は「市場が非常に強い中では、リターンを生まないキャッシュを多く保有するよりも投資に回す方が望ましい」とも述べているが、実際の投資は中期計画の予算の範囲に限られる。成長投資を語る言葉と、予算に縛られた行動のあいだにずれがある。
投資を抑えながらビットを伸ばせるのは、成長の源泉が新しい工場ではなく技術の世代移行と既存棟の空き床にあるからである。決算資料は第8世代BiCS FLASH(218層、CMOS貼り合わせのCBA技術)の生産比率を2027年3月末に80%超とする計画を示し、2Qの設備投資は「第8世代/第10世代への製造装置が中心」と記している。生産拡大の順序も「既存fabのスペース活用(四日市Y7・北上K2)」が先で、新棟K3はその後と図示されている。
世代移行は、ウェハ1枚あたりのビット数を増やすことで、ウェハ枚数をあまり増やさずにビット供給を伸ばす。その結果、FY2026の自社ビット成長は前年比10%台後半、2027暦年も「市場並み」となる。シェアを取りにいかず、市場の伸びに合わせるという選択が、設備投資の小ささと一体になっている。
報道によれば、太田裕雄社長は9月のBloombergの取材で「価格はもう十分上がった」と述べ、データセンター事業者に大幅な値上げを求めないよう営業部門に伝えたという。値上げしすぎれば顧客の予算を圧迫し、自社の市場を損なうという理屈である。一方で質疑では、単価は基本的に上昇傾向との見方を示している。
LTAについても、会社は2028暦年の確約を「さらに増やすか、アップサイドの柔軟性を確保するために残すか」を検討していると述べている。数量の一部をあえて契約の外に残し、価格上昇の余地を確保しているわけである。供給を急拡大させずに、価格の急騰も避ける。ピークの高さを抑えて、その代わりにサイクルを長く引き延ばす運用と読める。供給を絞るほど価格は維持されるが、絞りすぎれば顧客の投資が止まる。その均衡点を探っている姿に見える。
この慎重さには直近の記憶がある。NAND市況の悪化でキオクシアはFY2022・FY2023と2期連続の営業赤字に沈み、FY2023の営業損失は約2,527億円に達した。2024年には主力の四日市工場の土地(約65.9万㎡)を信託経由でヒューリックへ譲渡し、50年の事業用定期借地としてリースバックした。北上K2棟は2022年4月に着工したが、建屋が2024年7月に完成した後も装置投入を抑え、稼働は2025年9月までずれ込んだ。上場も延期を重ね、2024年12月の上場時は公募割れで始まった。
工場の土地まで手放した経営が、好況に転じた途端に投資強度を倍に戻すとは考えにくい。現在の資本配分は、この経験の延長線上にあると見るのが自然である。
キオクシアの工場は単独の意思で動かせる構造になっていない。社債私募のOffering Circular(2025年7月)によれば、四日市・北上両工場の生産能力の約80%はサンディスクとの合弁会社が保有し、両社が半分ずつ(全体の各約40%)割り当てを受ける。キオクシアの単独保有は残りの約20%である。合弁の製造装置への投資は、両社が「承認した」投資について50%ずつ負担する。つまり能力の8割を増やすにはサンディスクの同意が要る。一方、建屋と土地は合弁の対象外で、キオクシアが単独で負担する。この非対称は、次節のK3の読み解きで重要になる。
8月27日、キオクシアとサンディスクは「政府からの支援を前提に、2032年までに総額約5兆円の投資を見込む」と発表した。同日、キオクシアは北上工場第3製造棟(K3)の建設予定地の整備開始と、2029年度中の稼働目標を公表した。一見すると、前節までの抑制と矛盾する。しかし中身を確認すると、5兆円は既存の枠を壊すものではない。
共同リリースの本文には、いくつかの留保が組み込まれている。表現は「投資を見込む」であって、決定でも計画でもない。政府支援が前提条件になっている。対象は「市場動向をふまえ」た「生産設備の構築、関連するインフラ、技術の強化」とされ、設備投資に限らない。さらにサンディスクのゲックラーCEOは、この投資が「当社の事業戦略と財務ガイダンスに沿って」いると述べている。両社とも、既存の計画の範囲内であることを自ら示していることになる。
リリースが比較の基準に置く「これまでの25年間で約9兆円」は設備投資の累計であり、範囲の広い5兆円の「投資」とは定義が揃っていない。「6年で過去25年の半分以上」という印象は、この定義のずれの上に成り立っている。
キオクシアとサンディスクの負担比率について、報道では「60対40」とされる。これは新しく取り決めた比率ではなく、前節で見た既存の配分(合弁80%を折半して各40%、キオクシア単独20%)を足し合わせたものと一致する。この比率で既存の枠を2032年まで延ばすとどうなるかを検算する。
| 前提 | 値 |
|---|---|
| キオクシアの既存の設備投資枠(年平均) | 約4,700億円 |
| × 6年間(2027〜2032年と仮定) | 約2.8兆円 |
| ÷ キオクシアの負担比率 60% | 約4.7兆円 |
| 発表された両社合計 | 約5兆円 |
既存の枠を6年延ばして両社合計に換算した値は、発表された5兆円とほぼ同じ桁に収まる。期間の起点や負担比率の不確かさを考えても、5兆円は新たな上積みではなく、既存の投資枠を長期で積み上げ直した数字と見てよい。なお「技術の強化」の範囲は定義されていない。キオクシアの研究開発費は年間約2,000億円規模で、仮にこれを全額含めると検算が合わなくなるため、含まれるのは一部にとどまると推測される。
発表の場が首相官邸だったこと、リリースに「高市政権が掲げる経済政策目標」への言及があり、太田社長のコメントの大半が政府支援への謝意と継続支援の要望に充てられていることも合わせると、5兆円という数字は投資判断の開示というより、政府支援を引き出すための政策的な文書としての性格が強い。会社は記者団に、投資額の3分の1程度の支援を期待していると述べたと報じられている。
5兆円のうち、新しく生まれた実体はK3の土地整備だけである。これをどう評価するか。半導体工場の投資には、二つの性質の異なる部分がある。
一つは造成・建屋・ユーティリティである。リードタイムが長く、後から前倒しできない。ただし総投資に占める金額は相対的に小さい。もう一つは製造装置で、金額の大半を占めるが、投入の時期は比較的自由に選べる。安いものが硬く、高いものが柔らかい。この構造があるから、建屋を先に建てておき、装置は需要を見て入れるという戦略が成り立つ。建屋は、将来の能力拡張の権利を買うオプション料にあたる。
キオクシアは同じ北上で、この運用を直近に実演している。K2棟は市況が最悪の時期にも建屋の工事を続け、完成後は装置投入だけを止め、市況の回復に合わせて稼働させた。K3のリリースが「建設時期や生産設備への投資額など、詳細な計画については今後の市場動向を踏まえて決定する」と書いているのは、同じ運用を踏襲する宣言と読める。北上の敷地拡張自体は2020年に済んでおり、土地という一段前のオプションも既に保有していた。3年枠が固定されたまま2029年度の稼働を目指せるのは、FY2027〜2028に必要なK3の初期支出が、この枠内に収まる程度に小さいからだと推測される。
図8で見ると、K3の装置投入が本格化する時期は、現行の3年枠の外側、すなわち次期中期計画の期間に入る。同じ時期に長期契約の対象年と競合の新棟の稼働も重なっている。K3の行使判断は、2029年以降の需要が契約でどこまで固まるかと、次期中期計画でどれだけの枠が組まれるかの二つに懸かっていることになる。
合弁構造を重ねると、このオプションには非対称がある。
オプション料にあたる建屋は合弁の対象外で、キオクシアが単独で負担する。一方、行使にあたる装置投資のうち合弁分(8割)は、サンディスクとの承認を経て両社で折半する。いったん合弁の装置が入れば、サンディスクはウェハを引き取らない場合でも合弁会社の固定費の半額を払う義務を負う。キオクシアから見れば、行使にはパートナーの同意が要るが、同意を得た後のダウンサイドの半分は確実に移せる構造である。キオクシアが単独で即座に行使できるのは、合弁外の約20%に限られる。
行使の条件として会社が示しているのがLTAである。質疑で会社はLTAの目的に「成長投資の裏付け」を挙げ、2029・2030暦年についても「ビジネスのスキームづくりに向けて」顧客との対話を始めたと述べた。K3の立ち上がり時期は、ちょうどこの2029〜2030年にあたる。需要が契約で裏付けられた分だけ装置を入れるという行使ルールが見えてくる。単なる数量契約でなく「スキーム」という語が使われている点からは、前払いや顧客による設備負担など、より踏み込んだ枠組みが検討されている可能性もある。
このオプションは無償ではない。第一に、補助金を受ければ、稼働や生産継続の義務、条件不履行時の返還といった拘束が付くのが通例で、延期や中断の自由が契約的に制約される。第二に、首相同席で表明した計画を市況悪化で凍結する政治的コストは、K2のときより高い。第三に、2029年前後にはSK hynixの清州M17(2027年着工・2029年上期稼働予定)などの新棟も立ち上がる。各社が同時に行使しようとすれば、律速は建屋ではなく装置の納期に移り、建屋を持っていても行使できない事態がありうる。キオクシアが買ったのは、補助金と政治的な可視性を対価に、プレミアムの一部を売り戻したオプションと見るべきである。
以上を踏まえ、設備投資の今後を予測する。まず計画の算術から確認する。
| 期間 | 設備投資 | 減価償却費(推計) | 投資÷償却 | 投資強度(推計) |
|---|---|---|---|---|
| FY2025(実績) | 2,837 | 3,128 | 91% | 12% |
| FY2026 上期(実績) | 1,370 | 1,536 | 89% | 3.2% |
| FY2026 下期(計画) | 3,300 | 約1,560 | 約210% | 約6% |
| FY2026 通期(計画) | 4,700 | 約3,100 | 約150% | 約5% |
| FY2027〜2028(枠維持の場合、年平均) | 4,700 | 約3,300〜3,700 | 約130〜140% | 売上次第 |
計画どおりなら、FY2026下期の設備投資は四半期平均約1,650億円で、2Q実績846億円のほぼ2倍のペースとなる。キオクシアは拡張局面に入るが、その規模は年4,700億円という枠の中に収まる。FY2027〜2028も枠が維持されれば、設備投資は減価償却を3〜4割上回る程度の、緩やかな拡張が続く。
| シナリオ | 内容 | 想定される条件 | 見立て |
|---|---|---|---|
| 枠の維持 | FY2026〜2028の3年総額約1.41兆円を維持。K3は建屋中心の支出にとどめ、装置の本格投入は次期中期計画(FY2029〜)へ | 単価が高止まりから緩やかに正常化、2029年以降のLTAが数量中心で価格拘束が弱い | 最も蓋然性が高い |
| 上方への書き換え | FY2027ないし2028に3年枠を上方修正。K3の合弁装置投資をサンディスクと承認し、立ち上げを前倒し | 2029〜2030年のLTA(前払い・設備負担を含むスキーム)が成立し、K3向け政府支援が決定。供給不足が2028年まで続く | 次点。発生すれば枠の固定という本稿の前提が崩れる |
| 下方への後退 | 下期計画3,300億円が未達、または翌年度へ繰り延べ。K3はK2と同様に建屋完成後の装置投入を遅らせる | 単価が反落、競合の新棟(M17等)や遊休棟の再稼働で供給が急増、ハイパースケーラーの投資が減速 | 現時点では低いが、価格の天井が見えた場合に急に現実味を帯びる |
基本シナリオでも、懐疑すべき点は残る。キオクシアの設備投資が抑制的でも、それが業界全体の供給規律を意味するとは限らない。同社自身のY7・K2の空き床と同様に、競合各社も遊休棟や建屋だけの棟を抱えている。需給が締まれば、止めていた装置を戻すだけで短期にビット供給が再膨張しうる構造は温存されたままである。キオクシアの抑制は、その再膨張に対する自社の備えにはなっても、価格を守る保証にはならない。
2027年3月期第2四半期のキオクシアは、過去最高益の中で資本ストックをほとんど動かさなかった会社として記録される。6四半期で売上が7倍になる間に、有形固定資産は3.6%しか増えず、上期の営業キャッシュフローのうち設備投資に回ったのは5%に満たない。利益の大半は、自社株買い、借入金の返済、納税への備えに向かった。
この抑制は設計されたものである。中期計画の3年予算という固定枠があり、会社は「急ぐ必要がある」と認めながらもその総額を動かさない。ビットは新しい床面積ではなく世代移行と既存棟の空き床で稼ぎ、シェアは取りにいかず市場並みの成長にとどめ、価格の急騰も避ける。背景には、工場の土地まで手放した2024年の記憶と、能力の8割をパートナーと共同で保有する合弁の構造がある。
8月の5兆円とK3も、この設計の内側にある。5兆円は既存の投資枠を2032年まで延ばして両社合計に換算した値とほぼ一致し、K3は安い建屋だけを先に買う実物オプションである。装置という高い部分の投入は、LTAによる需要の裏付けとパートナーの承認、そして政府支援が揃うまで留保されている。
したがって、キオクシアの設備投資を評価するうえで監視すべきは、5兆円という総額ではない。下期の設備投資が計画のペースに乗るか、そしてK3の装置投入が次期中期計画でどの規模の枠として現れるか、である。そこで枠が段差的に上がらなければ、同社はこの好況を恒久的な需要転換ではなく、刈り取るべき価格のピークとして扱っていることになる。その行動は、「周期的な成長から安定的な成長へ」という同社自身の語りよりも、同社の本当の見立てを示しているはずである。
本稿は公開情報に基づく分析であり、特定の有価証券の売買を推奨するものではない。設備投資額・比率は出所間で算出基準が異なるため概算であり、計画値・ガイダンス・筆者推計は将来の不確実性を含む。投資判断は各自の責任において行われたい。